僕がネガティブになる状況

どうも。
37歳
ノースキル
契約社員のへまむしょです!

先日、誕生日を迎え38歳になってしまいました。
まぁ、あくまで年齢というのはただの数字ですからね。
今日が一番若い日

 

 

 

僕がネガティブになる時。下手すると1日引きずることも

私は、両親と同じ敷地内に住んでいます。
建物は別棟ですが
毎日頻繁に顔を合わせます。
食事をよく取ることもありますが
母は時たま、こんな情報を僕に提供してきます。

 

「○○さんとこの息子さん(←同級生の弟)は
教員をやっていて 今度、文科省へ出向するんだってねー

 
 

○○くん(←同級生)は、今●●に(←東証一部上場企業)にいるんだってねー

 
 

「○○くん(←同級生)は、今○○市役所の課長さんらしいわよ」

 

こんな母に僕の返しは
もう、これしかありません。

 

へぇ~。
すごいね

 

そう。
38歳という年回りにもなれば
職場では管理職やマネージャー的なポジションになる人も
増えてくるだろう。
当然ですよ。

他愛もない、世間話程度の話のつもりかもしれない
きっと悪気なんてないんだろうな

でも

でもね

いつも、僕はその先の言葉に怯えているんだ。

こんな、言葉がきやしないかと

 

あんたも、しっかりしないとねぇ

 

実際、言われたことはないが
僕ら親世代は
大企業で正社員こそが唯一の選択肢という考え方が
大多数である。
母もご多分に漏れず、そのうちの一人だ。
こういった、考えが根底にあるということを
踏まえれば
母のメッセージはどことなく
「あんたも、ちゃんとしなさい」という意味合いが
含まれているように感じ取るのは自然なことだとは思う。

 

人と比べるなんてしなくていい
自分は自分僕は、自分のことが大好きだから
全然へっちゃらさ!今日も、ハッピー!

って、なんの疑いもなく
言えたらいいんだけど
なかなか、そうはいかない。
実際にやっぱ、同級生が名だたる企業で
役職についているという話を聞いたりすると
「それに比べ…俺は…」
って思っちゃう。
これは、認めよう。
実際、毎回そうなんだからさ。

でも、最近はこう考えるようにしています。

表面的には成功しているように見えるかもしれない
でも、内情はわからない。
もしかすると

家庭内ではうまくいっていないかもしれない。

過去の自分のように、年収は高いものの
仕事が激務で幸福度は低いかもしれない。

健康を害しているのかもしれない

名だたる企業に勤めていても

役職についているのだとしても

その人が幸せかどうかはわからない。

今の僕は幸福度でいったら高めだ
(年収300万円以下でも)

  • 会社員の仕事内容がユルい
  • 契約社員なので、残業がない→副業やスキルアップの時間に当てられる
  • 妻も働いているので、贅沢はできないが普通に暮らしていける分の世帯年収はある
  • 残業がなく、仕事内容もユルいので副業やスキルアップをやろうという体力的な余裕が生まれる
  • 残業がないので、毎日決まった時間に就寝することができる→規則正しい健康的な生活
  • 正社員ほど責任を負わなくていいという精神的な負担が小さい
  • 副業を実践している→会社以外の収入の柱も育てているという安心感
  • 自己投資の時間を確保できている→ノースキルからの脱却

以上が幸福度を上げている要素ですね。

 この記事で僕が一番言いたいこと

もし、同級生や年下が自分よりも
優れているんじゃないかと思って
ネガティブな感情になってしまったときは

果たして、その人は本当に幸せなのかと
いう視点を持ってみるのが
いいんじゃないかと思います。

人は人
自分は自分
比べてもしょうがない



という正論。
はい。たしかにそうなんですが。
とはいえども
とはいえども、やはり比べてしまうのが
人間じゃないでしょうか。
じゃあ、比べる対象を幸福度にずらしてみると
もしかすると、その人は幸せではないのかもしれません。
僕は、そう思うことで
案外、自分の方が幸せな状態かもしれないと
自己肯定感が高まりました。

人生の目的は
幸せになることだと思っています。

東証一部上場に努めているから幸せではないでしょうし
年収が高いからと行って、幸せとも限りません。

 

 

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